「A5ランク」は、品質の証明ではない。それは、ようやく料理が始まるための入口に過ぎない。

世間では「A5ランクの牛肉を使っています」という言葉が、品質の証明として使われることがあります。しかし私にとって、A5ランクはあくまでも入口です。本当の問いは、そこから始まります。

「もも」のなかに、世界がある。

牛の「もも」と一言で言っても、ランプ・イチボ・しんたま・内もも・外もも・すねと分かれ、さらにその中で細かく表情が変わります。たとえば「しんたま」の中だけでも、友三角・亀の子・しんしん・まるかわという部位が存在します。私がローストビーフに特に適していると感じているのは、「友三角」と「しんしん」です。しかしその二つの中でもさらに、ローストビーフとしての火の通り方・繊維の方向・脂の入り方を見極め、一番良い部分だけを選びます。

「良い部位を使う」ではなく、「良い部位のなかの、最も良い箇所だけを使う」。その差が、食卓に届いたときの味になります。

イチボの、ごく一部だけ。

イチボという部位の中に、500gから1kgほどしか取れない、非常に柔らかく上質な箇所があります。私が使う「イチボ」というのは、その一部分だけです。さらに言えば、同じA5ランクの牛肉であっても、その牛の性別・年齢・食べてきたもの・育った環境によって、味は大きく異なります。「最高のヒレ」に辿り着くためには、肉を見るだけでは足りません。その牛のことを、知らなければならない。

出張料理だからこそ、妥協しない。

レストランでは、お客様の目の前でその日の状態に合わせた火入れができます。出張の現場では、それとは異なるアプローチが必要になります。しかし「作り置き感」は、私の辞書にはありません。私が用いるのは低温調理と、「Vide Pro」——細胞レベルで好みの旨味を肉に閉じ込める技術です。BEAD PROを通すタイミングによって仕上がりは変わります。前日・当日・出発直前——それぞれで旨味の深さが異なるため、お客様のもとへ向かうギリギリのタイミングでこの工程を行います。

「出来立て」を、届ける。

レストランにはレストランの火入れがあり、出張料理には出張料理の火入れがある。同じ食材を使いながら、環境に応じた最善を尽くすこと。それが、料理人としての誠実さだと考えています。「美味しいものを作る」ではなく、「最高の状態でお客様に届ける」。私は、その後者に近づくための仕事を、すべての現場で積み重ねています。