悪魔のフィナンシェ®︎——5年の執念が生んだ、究極の一枚
これは、私がなぜフィナンシェにそこまでの執念を燃やしたかのストーリーである。
まずはフィナンシェの歴史について
時は17世紀のフランスにまで遡る。
もともとは「ヴィジタンディーヌ」と呼ばれ、修道院で作られていたお菓子だった。卵黄を使わず、アーモンドを入れた素朴な焼き菓子。円形やオーバル型で、肉食が禁じられた期間のタンパク質源として食べられていたという。
それが現在の「フィナンシェ」として世に出たのは、パリ証券場の近くに店を構えていたラスネという菓子職人の手によるものだった。彼は多忙な金融街の人々のニーズを分析し、金塊(インゴット)を模した長方形の薄い形に仕立てた。縁起物としての意味を持たせながら、ポケットに入れても崩れにくく、スーツを汚さない。外側をカリッと焼き固め、内部の湿度を保つことで、粉がポロポロと落ちない設計にした。
焦がしバターとアーモンドパウダーをたっぷり使い、小麦粉を最小限に抑える。こうして、高単価かつ保存性に優れた高級焼き菓子が完成した。
100年以上にわたって愛され続けているという事実。それは、このお菓子が本質的に美味しかったからに他ならない。美味しくないものは、必ず消えていく。食べやすく、人に渡しやすく、人に受け入れられるものを作ったからこそ、今日まで残ってきた。
ところが、私はと言えば、2015年にラール・エ・ラ・マニエールのシェフに就任するまで、本当に美味しいフィナンシェにはほとんど出会ったことがなかった。
さらに言えば、私はフィナンシェが好きではなかった。お歳暮やお中元で届くギフトボックスに入ったフィナンシェ。べちょべちょで、バターの香りもしない。あの程度のものが「フィナンシェ」だと思っていた。
転機
転機は、あるパティシエとの会話だった。
「フィナンシェってどうやって作るの?」と聞いた私に、彼はこう答えた。
「これ、卵白消費のためのものですから」
パティシエの現場では卵白が大量に余る。その消費のために作られるのがフィナンシェだという認識が、業界の中に根づいていた。
その瞬間、すべてが腑に落ちた。「だから美味しくないのだ」と。
先人への敬意。そして、超えるという覚悟
先人たちが100年以上大切に繋いできた素晴らしいお菓子。今は技術も機材も格段に進歩しているのに、なぜ先人たちを超える美味しいものが作れないのか。
答えは明白だった。誰も本気で向き合っていなかっただけだ。
私は決めた。先人たちを超える美味しいものを作り、敬意を払い、未来に残していく、と。
2015年頃からフィナンシェの研究を始め、2016年から本格的に試作に入った。そこから5年。何千回と試作を重ねた。
究極を求めた5年間の試行錯誤
自分の中で「美味しいフィナンシェとは何か」を突き詰めた。答えはシンプルだった。
しっかりとバターが香ること。たっぷりバターが入っていること。良質なアーモンドの香りがすること。
パティシエに教わった「卵白消費」という発想を捨て、逆の思考で組み立てた。卵白をできるだけ使わず、バターとアーモンドパウダーをできる限りたっぷり入れる。形が保てるかどうか、ギリギリの境界線で何度も何度も試作を重ねた。
何度も失敗した。バターはありとあらゆる種類を試した。アーモンドパウダーも、砂糖も、小麦粉も、塩も。フランス産、国産、アメリカ産、イタリア産、スペイン産、トルコ産——良いと思えるものはすべて使った。
原価を下げるためとか、量産するためという発想は一切なかった。とにかく最高のものだけを追い求めた。
素材が導いた答え
最高の味を追い続けた結果、素材が自ずと答えを出してくれた。
バターはフランス産に落ち着いた。アーモンドパウダーはスペイン産。ほんのわずかしか入らない小麦粉も、フランス産を使うと驚くほど味が変わった。ほんの少しの塩さえも、フランス産のものは明らかに違った。
結局、フランス菓子を本気で作るには、フランスの素材でなければならない。当たり前のようでいて、本気で向き合わなければ気づけないことだった。
心から素材と対話し、一つひとつを丁寧に選び抜いていく。その過程で初めて見えてくる真実がある。
「悪魔のフィナンシェ®︎」——こだわりの結晶
こうして5年の歳月をかけて完成したのが、私の「悪魔のフィナンシェ®︎」だ。
商標登録を取得したこの名前には、一口食べたら抗えないほどの魅力を込めた。
バターの芳醇な香り、アーモンドの深い風味、外はカリッと中はしっとり。先人たちが愛したフィナンシェの本質を受け継ぎながら、現代の技術と厳選素材で昇華させた一枚。
これは、卵白消費のためのお菓子ではない。100年以上の歴史への敬意と、5年の執念が詰まった、私の料理人としての信念そのものだ。
Hiromi Koshimizu Gastronomie