別荘での出張ディナーで考えたこと
ある日の夜、別荘でのプライベートディナーをご依頼いただきました。何度もお招きいただいているお客様です。お好みのワイン、お好きな食材、そして食べたい量まで。回を重ねるごとに、理解が深まっていきます。
お客様の別荘は、扉を開けるとガラス張りの向こうに海が一面に広がる、映画のワンシーンのような空間です。すぐ横には小高い丘と山が見える。この景色を眺めながら食事をされるのだから、料理もこの場所のためだけに設計すべきだと考えました。
2月28日。日中は18度ほどあり、ちょうど春の気配を感じられる一日でした。けれど、まだ冬は確かに残っている。この日のコースのテーマを、「海、冬、早春」としました。
コースの流れは、季節の移ろいそのもの
7皿のコースを設計する際、私がまず考えるのは「一皿ずつの完成度」ではありません。コース全体でひとつの物語になっているかどうかです。
今回は、冬のどっしりとした甘みや旨味から始まり、少しずつ春のほろ苦さ、さっぱりとした軽やかさへと移っていく構成を考えました。季節の移ろいを、そのまま食べていただくようなイメージです。
一皿目 ― 海を眺めるように
最初の一皿は、蕪(かぶ)を使いました。冬の蕪の穏やかな甘さで、目の前に広がる海の情景を感じていただけるような一皿です。
コースの始まりは、ゲストの気持ちを整える役割を持っています。強い味ではなく、静かに始まること。窓の外の景色と、最初の一口が自然につながるような入り方を意識しました。
前菜 ― 土地の食材で初春を表現する
前菜には、この土地らしい食材を選びました。金目鯛、桜エビ、柑橘。相模湾の恵みを一皿に凝縮しています。
脂ののった金目鯛の旨味と甘味。桜エビの食感と香り。そこに柑橘のさっぱりとした酸味を合わせることで、冬と春の境目を表現しました。
この一皿は見た目にもこだわっています。私はフランス料理において、見た目も味の一つだと考えています。前菜は視覚の楽しさが特に重要な場面です。お客様が「きれいだ」と感じた瞬間が、そのままコースへの期待につながります。
冬の最後 ― 河豚の白子
次に、冬の最後を感じさせる一皿として、河豚の白子を選びました。冬の最高食材のひとつです。
この白子をフレンチのバターでムニエルに仕上げ、ソースにはブールノワゼットを合わせています。さらに、日本で流通量のわずか0.1%といわれる浅草海苔を加えました。
日本の食材の繊細さと、フランス料理の技法が重なる一皿です。ワインとの相性も考え、バターの香ばしさと海苔の風味が余韻として残るよう設計しました。
あえて伊勢海老を選ばなかった理由
魚料理には、オマール海老を選びました。海沿いの別荘ですから、伊勢海老という選択肢も当然あります。しかし私は、フランス料理としての奥行きを表現するなら、フランス産オマール海老の方がふさわしいと判断しました。
私の料理のテーマは「協奏曲」のような、奥深い重層的な香りと余韻のある料理です。その世界観を実現するには、オマール海老でなければ出せない香りの複雑さがあります。
合わせたのは、春の代表食材であるモリーユ茸と、ちょうど出始めたばかりのフランス産ホワイトアスパラガス。季節の移ろいを感じながら、ワインに寄り添う、香り高い一皿に仕上げました。
シャトーブリアン ― トリュフで1日マリネする
メインには、1頭から1キロも取れない超希少部位、シャトーブリアンを選びました。このシャトーブリアンを、黒トリュフで1日かけてマリネしてからお出ししています。
トリュフの香りが肉の奥まで静かに染み込み、火を入れた瞬間に深い余韻が立ち上がります。仕上げにも、まもなく時期が終わるフランス産の黒トリュフをたっぷりと使いました。
コースの終盤にふさわしい、フランスらしい奥深さと力強さを持つ一皿です。
温かい料理は、シンプルに美味しく
コース全体の盛り付けについて、私が常に意識していることがあります。前菜やデザートでは、見た目の華やかさをしっかりと楽しんでいただく。一方、温かい料理はシンプルに仕上げます。
理由は明確です。盛り付けに時間をかけすぎると、温かい料理を温かい状態でお届けできなくなるからです。それなら、火入れとソースにこだわり抜いた料理を、最高の温度でお召し上がりいただきたい。
見た目の美しさと、料理としての美味しさ。その両方を最大化するために、コースの中で役割を分けて設計しています。
デザート ― 気持ちよく終わるために
デザートは、ブランマンジェにイチゴとブラッドオレンジを合わせ、軽やかに仕上げました。濃厚なシャトーブリアンの後だからこそ、最後はさっぱりと気持ちよく終わっていただきたい。
コースの締めくくりは、満足感と軽やかさが同居する形が理想です。
料理は、その場所のためだけに設計する
今回のコースは、あの日、あの場所、あの景色のためだけに設計しました。同じ食材を使っても、場所が違えば構成は変わります。季節が変われば、当然すべてが変わります。
お客様の好みを知っているからこそ、さらにその先の提案ができる。出張料理の本質は、ここにあると考えています。
レストランでは、お客様が空間に合わせて食事を楽しまれます。出張料理では、料理がお客様の空間に合わせていく。その逆転の発想が、私のフルコースの設計の根幹にあります。
Hiromi Koshimizu Gastronomie