料理以上に求められている価値
長くこの仕事に携わっていると、企業イベントやブランド案件で料理を手配する担当者の方が、実際に何を一番心配されているのかが見えてきます。
それは、「料理が美味しいかどうか」よりも、「当日、何が起きても問題なく進行できるか」という点です。
料理は「成果物」ではなく「演出の一部」
企業イベントにおける料理は、単なる食事ではありません。参加者の体験の一部であり、そのまま企業やブランドの印象につながるものです。
味や見た目はもちろん大切です。しかしそれ以上に、会場の空気や進行との調和が求められます。時間通りに提供できるか。進行の妨げにならない構成になっているか。想定外の変更があった際に、現場で判断できるか。
こうした要素は、レシピや仕込みだけではカバーできません。だからこそ、現場に入り込み、全体を見ながら対応できる「出張シェフ」という選択がされるのだと考えています。
キッチンがない場所で、フルコースを成立させる
出張シェフの現場には、整った厨房があるとは限りません。むしろ、ないことの方が多いのが実情です。
あるラグジュアリー時計ブランドのレセプションでは、調理スペースとして使えたのは、超高級時計が並ぶショーケースの上でした。人がすれ違うことすら難しいほどの空間で、150名規模のケータリングをお届けしました。
数百万、数千万円の時計が目の前に並ぶ中での調理です。傷ひとつつけることは許されません。その緊張感の中で、料理のクオリティと現場の安全を両立させる必要がありました。
結果として、ゲストの方から「またレセプションがあるなら小清水さんにお願いしたい」という言葉をいただきました。以来、何度もリピートいただいています。
また、都内大手企業の接待案件では、会議室の一室でフルコースを提供させていただきました。水場は同じフロアの100メートル以上先にある給湯室だけ。その条件下で、キッチン設備を当日設置し、1名25,000円のコースをサービスしています。
社長からは「この接待の場が大変いい会になった」という評価をいただき、以降、毎月ご注文をいただいています。
こうした現場で求められるのは、料理の腕だけではありません。限られた条件の中で最善の形を設計し、確実に実行する力です。
同じ形は、二度とない
都内のビルでケータリングを行う場合、会場の条件は毎回異なります。同じ企業のイベントであっても、ゲストの動線、食事をされる場所、会の進行によって、最適な形は変わります。
私たちはデフォルトのサービスステーションを用意していますが、そのまま使うことはほとんどありません。現場を見て、ディスプレイを変え、サービスの方法を調整していきます。
さらに、当日になってベジタリアンやヴィーガンのゲストがいらっしゃると判明することも珍しくありません。人数が直前に変わることも、スケジュールが押すことも、巻くこともあります。
そうした変化に対して、「この時間なら対応できる」と即座に判断し、最善策を組み直す。これまで、お客様の終了時刻を遅らせたことは一度もありません。
お客様から「柔軟に対応していただき、本当にありがとうございます」という言葉をいただくことがあります。ただ、私たちが大切にしているのは、場当たり的な柔軟さではありません。あらゆる変化を想定した上で、最適解を出せる準備を整えておくこと。その積み重ねが、安心してお任せいただける理由だと考えています。
「料理人」である前に「現場を預かる立場」
レストランは、完成された空間です。一方で、企業イベントは毎回条件が異なります。会場、人数、目的、客層。同じ案件はひとつとしてありません。
その変化に合わせて、その場で判断し、調整していく。その積み重ねが、イベント全体の成功につながっていきます。
企業の担当者の方が本当に求めていらっしゃるのは、料理が上手い人ではなく、安心して現場を任せられる相手ではないでしょうか。
料理そのものだけではなく、「任せられる体制」と「現場対応力」。それが、出張シェフという選択がされる理由だと感じています。
私は料理人であると同時に、現場を預かる立場としてこの仕事に日々向き合っています。
Hiromi Koshimizu Gastronomie