
脆さと余韻を、一皿に
HKGのシグネチャー料理の一つに、「フォワグラのモニュメント」があります。
四角いフォワグラと、薄く焼き上げた黒糖のチュイル。それぞれのパーツが斜めに重なり、今にも崩れそうでありながら、絶妙な均衡を保っています。
この料理を考え始めたのは、2019年頃のことでした。
フォワグラが苦手な人にも、食べてもらえる料理を
フォワグラは、フランス料理において大切にされてきた食材です。
私自身も、料理人として長く扱い続けてきました。
一方で、従来のフォワグラのテリーヌは、脂が強く、重たく感じられることがあります。独特の香りを苦手とする方も少なくありません。
HKGの運営に携わり、私の料理を最も多く食べてきた一人でもある妻も、私と出会う以前は、フォワグラを「臭くて、脂っこく、苦手なもの」だと思っていたそうです。
けれど、この料理を食べてから、その印象は大きく変わりました。
これまでにも、フォワグラを苦手としていた方から、「これなら食べられる」「フォワグラの印象が変わった」と言っていただくことが何度もありました。
高級な食材だから喜ばれるのではなく、これまで苦手だった方にも、そのおいしさを知ってもらえる料理にできないか。
そこから、この一皿の開発が始まりました。
南仏の記憶を、日本の食材で表現する
食べやすくするために、ただフォワグラの味を弱くするのではなく、別の要素と組み合わせることで、その魅力を引き出したいと考えました。
思い浮かんだのは、私が好きだった南仏の味の組み合わせです。
南仏では、アンズとラベンダーはよく知られた組み合わせです。
その関係を、日本の食材で表現できないか。
アンズに代わるものとして選んだのが、南高梅でした。
南高梅の甘味と酸味でフォワグラの脂を受け止め、そこにラベンダーのアイスクリームで香りと冷たさを加える。
さらに、フランス料理ではフォワグラにパンデピスのような甘いパンを合わせることがあります。
その役割を日本の黒糖で表現したのが、黒糖のチュイルです。
黒糖は、フォワグラにも、梅にも、ラベンダーにもつながります。
フランス料理の基本的な組み合わせを大切にしながら、日本の食材で表現する。
日本人だからこそ作れる、日本の土地ならではのフォワグラ料理を作りたいと考えました。
平面ではなく、立体の料理へ
味と同時に考えていたのが、料理の形です。
皿の上に平面的に構成するのではなく、四角や丸といった形を縦に組み上げた立体料理を作りたい。
ただ四角を積み重ねるだけでは、安定しすぎてしまいます。
表現したかったのは、脆さや儚さ、そして崩れそうで崩れない緊張感でした。
そこで、四角いフォワグラの角を切り、斜めに配置しました。
あえてバランスが悪く見える形にする。
しかし、実際には倒れてはいけません。
ここからが、この料理で最も難しい部分でした。
何度作っても、倒れてしまう
フォワグラ、南高梅、ラベンダー、黒糖。
それぞれのパーツは、比較的早い段階で形になりました。
難しかったのは、それらを一つの料理として組み上げ、実際にお客様へ提供できる状態にすることでした。
何度組み上げても、倒れてしまう。
そこで、フォワグラのどの面を切るのか、断面をどの程度の大きさにするのか、どのくらい角を落とすのか、どの角度で置けば倒れないのかを、一つずつ検証していきました。
フォワグラの硬さ、ゼリーの硬さ、黒糖のチュイルの高さや長さも、すべて構造に影響します。
チュイルを何センチにするのか。どの角度で配置するのか。まっすぐ切るには、どの状態のフォワグラが適しているのか。
見た目は危うく、それでも料理としては確実に成立する。
その状態を探すために、何度も失敗を繰り返しました。
構想から完成までは、およそ半年かかりました。
最後に調整したのは、余韻
形が成立した後、最後に確認したのは、口の中で本当に一つの料理になっているかということでした。
特に調整したのが、南高梅のゼリーとフォワグラの硬さです。
ゼリーだけが口に残っても、フォワグラだけが先に溶けてもいけません。
一緒に口へ入れたときに、それぞれの食感が自然に重なり、一つの味として感じられる硬さを探しました。
ラベンダーのアイスクリームについても同じです。
冷たさや香りによってフォワグラが消えてしまわないか。アイスクリームを合わせた後にもフォワグラの味がきちんと残り、最後まで両者がマリアージュしているか。
私がフランス料理で大切にしているのは、食べた瞬間の味だけではありません。
料理を飲み込んだ後に、香りや旨味がどう残るのか。
その余韻まで含めて、一皿だと考えています。
料理がテーブルへ届くまで
この料理の体験は、厨房の中だけでは完成しません。
アンバランスに組み上げられた料理は、運ぶサービススタッフにも自然と緊張感を生みます。
慎重に運ばれ、テーブルへ置かれた瞬間に視線が集まり、そこから会話が始まる。
料理を作ることだけでなく、運び、届け、召し上がっていただくまでの時間も、一皿の一部だと考えています。
コースの途中に、それまでとは違う立体的な料理が現れる。
そこに驚きが生まれ、話題が生まれ、その時間が記憶に残っていく。
一つの問いから、次の問いへ
「フォワグラのモニュメント」の始まりは、フォワグラが苦手な人にも、おいしく食べてもらえる料理を作れないかという、ごくシンプルな問いでした。
そこから考えを深めていくうちに、味だけではなく、日本の食材でどう表現するか、どんな形なら見たことのない驚きが生まれるか、料理が運ばれる瞬間にどんな空気が生まれるか、そして食べ終わった後にどんな余韻を残したいかまで、想像は少しずつ広がっていきました。
一つの問いが、また次の問いを生み、その問いがさらに新しい発想へとつながっていく。
「フォワグラのモニュメント」は、そうして次々と新たな問いの扉を開いていった一皿です。