パリ近郊で2年間の修業を終えた頃、私は次に、以前から憧れていた南フランスで働きたいと考えていました。

求人を探していると、南フランス・ナルボンヌのレストランで魚部門のシェフを募集していることを知り、応募することにしました。

パリからTGVで南へ向かい、エクス・アン・プロヴァンスを過ぎたあたりだったと思います。

それまでとは明らかに空の色が変わり、青が鮮やかになっていく。外に見える石や建物も白く、景色全体が急に明るくなったように感じました。

「これが南フランスなんだ」

憧れていた場所へ来たことを実感し、自然と気持ちが高揚していったことを覚えています。

完全分業の厨房で感じた違和感

ナルボンヌのレストランは、それまで働いてきた店とは大きく異なる厨房でした。

前の店では少人数で厨房全体を回していましたが、ここでは魚、肉、前菜、デザートと各セクションが明確に分かれ、それぞれに複数のスタッフが配置されていました。

私は魚部門のシェフとして入りました。

専門性の高い厨房でしたが、働き始めてすぐに一つ気になったことがありました。

各セクションが、あまりにも独立して動いていたことです。

魚部門は魚部門。
肉部門は肉部門。

それぞれが自分の料理を仕上げることに集中していました。

しかし、お客様にとっては魚部門も肉部門も関係ありません。

同じテーブルへ出る料理なら、同じタイミングで最良の状態に仕上がっている必要があります。

実際、魚料理が完成しているのに肉料理がまだ仕上がらず、待っているうちに魚が冷めてしまう。あるいはその逆が起こり、料理を作り直すということもありました。

料理人として、それは非常にもったいないことだと感じました。

まず、目の前のスタッフと話す

そこで私は、肉部門のシェフに話をしに行きました。

「これ、一緒にタイミングを合わせた方がいいんじゃないか。その方がお客様には良い状態で料理を出せるし、僕たちの無駄な仕事も減ると思う」

すると彼も、

「確かにその通りだ」

と理解してくれました。

そこから、

「あと何分でいけるのか」
「こちらは準備ができている」
「何分後に合わせよう」

と互いに声を掛け合うようになりました。

仕事が終わった後や週末に彼の家へ遊びに行き、ビールを飲みながら仕事の話をすることもありました。

厨房の中だけではなく、

「もっとこうした方がいい」
「次はこうやってみよう」

と、少しずつ仕事のやり方そのものを一緒につくっていきました。

33歳の若いシェフの厨房

当時のシェフはまだ33歳でした。

三つ星、二つ星のレストランで経験を積んで戻ってきた、非常に若く、勢いのあるシェフです。

新しい料理を次々と取り入れ、厨房の中でも気になるところがあればすぐに口を出す。

そして何より、自分が考えた料理が良い状態でお客様のもとへ届かないことを非常に嫌う人でした。

料理の完成度に対する要求は高く、思い通りの状態で出なければ厳しく指摘されます。

ただ、入ったばかりの私が、

「厨房の連携方法を変えた方がいい」

と直接シェフに言ったところで、すぐに話を聞いてもらえるような関係ではありませんでした。

だからこそ、まず現場から変えていきました。

一緒に働くスタッフと話し、仕事のやり方を整え、結果を出していく。

そうして少しずつ周囲から信頼されるようになり、やがてシェフとも料理や厨房について直接話せるようになっていきました。

その日の食材から料理を考える

この店でもう一つ大きな学びになったのが、毎朝の魚の仕入れでした。

シェフ自身が市場へ買い付けに行き、その日に良いと思った魚を買ってきます。

そのため、朝の段階では何が届くのか分かりません。

シェフが10時頃に戻ってきて、届いた魚を見て、その日のメニューを考える。

決められた料理を毎日同じようにつくるのではなく、まず食材を見る。

魚の状態を見極め、シェフが何を表現したいのかを理解し、それに合わせて料理を仕上げていく。

前の店でも魚を多く扱っていたため、この頃には、

「この魚なら、どこまで料理すればいいか」

という判断も少しずつ自分の中にできていました。

シェフの料理観や世界観を理解し、それを自分のセクションで形にしていくこと。

これも、この時期に身につけた大切な感覚です。

料理は変わり続ける

このシェフは、新しい料理表現にも非常に積極的でした。

当時は、エル・ブジなどを中心にモレキュラー・ガストロノミーが世界的に注目されていた時代です。

それまで経験したことのない技法や考え方が、次々と厨房へ入ってきました。

古典的なフランス料理を学ぶだけではなく、新しい技術をどう料理に取り入れるのか。

料理は伝統を守るだけではなく、時代とともに変わっていくものだということも、この厨房で学びました。

料理の外側にあるもの

ナルボンヌでは、厨房の外でも多くのことを経験しました。

ワイナリーや食材の生産者のもとへ連れて行ってもらい、実際にその土地で食材をつくる人たちとも接することができました。

食材には、生産する人がいて、その土地の気候や文化があります。

料理人が厨房で触れているものは、その長い流れの最後の一部分に過ぎません。

そして厨房に入れば、一人の料理人だけで料理が完成するわけでもありません。

それぞれのセクションが役割を果たし、互いの状況を理解し、サービススタッフとも連携して、初めてお客様の前に一皿を届けることができます。

「ヒロミじゃないと困る」と言われるまで

この店には2年間勤めました。

私が当時、自分の中で大切にしていたことがあります。

一つの店でしっかり信頼を得ること。

短期間だけ働き、経歴を増やすことではありません。

最後に帰る時には、

「ヒロミがいないと困る」

と思ってもらえるくらいの存在になって帰ろうと考えていました。

そのためには、料理の技術だけでは足りません。

仕事を任せられること。
周囲と連携できること。
問題があれば自分から動くこと。
そして、小さな結果を積み重ねながら、信頼をつくっていくこと。

最後に帰国する時には、お店のみんながお別れ会を開いてくれました。

その時、ようやくこの店の一員として認めてもらえたのだと感じました。

今の仕事にも変わらず残っているもの

現在のケータリングや出張料理では、毎回、会場も設備も条件も異なります。

料理人、サービススタッフ、会場担当者、そして案件によっては多くの外部スタッフと連携しながら、その日のためのチームをつくります。

料理そのものの完成度はもちろんですが、大切な時間を安心して任せていただくためには、現場全体が一つの方向を向いていなければなりません。

最初から信頼される人はいません。

まず仕事をする。
周囲と話す。
問題を見つけたら動く。
そして、結果を積み重ねる。

ナルボンヌで過ごした2年間は、料理人としてだけではなく、仕事を任される人間になるための時間でもありました。

今、私が仕事をする上で大切にしている「安心して任せてもらえる存在であること」。

その原点の一つが、南フランス・ナルボンヌの厨房にあります。